2006年07月

オートマタ

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原田さんのオートマタの個展に行きました。
オートマタはからくりおもちゃ。
原田さんのオートマタは全て手作り&オリジナル。
動きにユーモアがあって、とってもキュートなのです♪

9月から1年間、イギリスに留学してさらなる研鑚を積まれるということで、日本での活動はしばらくお休みになりますが、来年4月に群馬県にオープンするオートマタの美術館に原田さんの作品が展示されるそうです。

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奥様との2ショット。
原田さんのオートマタはこちらのサイトで見ることができます。

余裕をもって行動すべし

本日のメインイベントは岡山出張。
紙屋町の電停から路面電車で広島駅に向かったのですが、途中人身事故があって(ちょっとぶつかっただけで怪我はなし)電車がストップしてしまったために、駅に着いた時間が遅れてしまい、駅で全力疾走するはめに。
(何と言う幸先の悪さ)

岡山駅から現地まではバスで移動したのですが、予定時間になってもバスが来ない。
「駅と言えば始発のはず。それなのに10分も遅れるなんてありえない!」
そう思ったのですがありえました。
しかも運転手さん、全然気にしていないし。

予定より10分遅れで到着。
待ち合わせしていた方に遅れた事をお詫びしつつ、審査会に望んだわけですが……。
なんか、撃沈という感じです(>_<)
まだ結果は出ていないので、一縷の望みは失っていませんが。

広島―岡山間を往復しただけなのに何だかひどく疲れてしまい、気分転換に「風光る」の20巻を買ってそのまま直帰。

20巻には坂本龍馬が出てくるのですね。
「龍馬はどんな作品に登場しても良い人だなあ」
と関心しつつ読み進めていくと、龍馬が書いた書簡がちらりと出て、1つはお龍さんに宛てたものでしたが、もう1つの書簡の宛先は「木圭先生」となっていて、ちょっと感動。

木圭先生って桂小五郎のことですよ。
薩長同盟に関する手紙を書いていたわけね。
渡辺先生、芸が細かい。
(でも、気が付く人はどのぐらいいるのかな)

桜山七絶

高杉晋作漢詩集プロジェクト、慶応2年が終了しました。
慶応3年に詠まれた漢詩は4つだけ。
予定ではそのうちの3作品を取り上げるつもりです。

さて今日は、慶応2年に詠まれた漢詩の中から、小説などでお馴染みの「桜山七絶」をご紹介しましょう。

落花斜日恨無窮
自愧残骸泣晩風
休怪移家華表上
暮朝欲払廟前紅

「七絶」とは「七言絶句」のことで、七つの漢字からなる句が四つ(起承転結)連なって1つの詩になっています。
漢詩には色々とややこしいお約束があるようですが、晋作はあまりこだわらなかったようなので、私もその点はチェックしていません。
ただ、上記の作品に限って言えば、1句、2句、4句の句末の漢字はいずれも平音なので、押韻に関するルールはきちんと守られているようです。

落花 日斜めにして 恨み窮まりなし
自ら愧ず 残骸 晩風に泣くを
怪しむをやめよ 家を華表の上に移せしを
暮朝廟前の紅を 払わんと欲す

ところで司馬遼太郎氏の「世の棲む日日」では、華表の上の「上」が「下」になっています。
これは司馬氏がオリジナルではなく、誰かの手によって改竄された方の漢詩を、オリジナルと思って採用したからだと思われます。

当時晋作が住んでいた場所に実際に行ってみれば、晋作の家は桜山招魂場よりも高い位置にあり、「上」が正解であることは一目瞭然。
上と下とでは詩に詠み込まれた情景そのものが違うわけで、私がオリジナルにこだわっているのはそのためです。

それでは最後にponpoko流の意訳を。

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花は散り日は斜めに傾き
この恨みは尽きることがない

恥じ入るばかりだ
病み衰えたこの身体が
夕風の中で泣く様は

怪しむのをやめてくれないか
家を招魂場の上に移したことを

夕べも朝も
墓前に散り落ちる紅葉を
払い清めたいと思っているだけなのだから

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「高杉晋作漢詩集」ご購入希望の方はお早めにご連絡下さい。
1度きりのプロジェクトで予定部数は200です。
プロジェクトメンバーの方が現在170名いらっしゃいますので、余部はあまりないかも知れません。
プロジェクトの詳細はこちら

幕末史の延長線上

終戦記念日も近付いてきたということで、太平洋戦争関係の本を読んでいます。
今、読んでいるのは保阪正康氏の「太平洋戦争の失敗・10のポイント」。
わかりやすくてなかなか良い本ですよ。

幕末の終着駅は昭和の敗戦だと思います。
薩長が天皇を担ぎ上げて幕府を倒し、政権を手中にしていく紆余曲折が幕末史。
(端を発したのは外国の侵略に対する脅威ですが、それはだんだんとうやむやに)
そしてその延長戦上に明治・大正・そして昭和の敗戦があるのだと。

数日前の新聞に昭和天皇がA級戦犯の靖国合祀に不快感を示していたという記事が載っていましたが、当時の宮内庁長官・富田朝彦の手帳に記された「松平の子」なる人物、すなわちA級戦犯合祀に踏み切ったのは、幕末四賢侯の一人である越前の松平春嶽の孫にあたる人なのだとか。

松平春嶽のお孫さんが靖国神社の宮司をねえ。
靖国神社の原型とも言えるものは、高杉晋作が馬関に作った桜山招魂場だそうですが、A級戦犯の合祀について晋作の意見を聞いてみたい所です。

花火

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今日(0時過ぎたから昨日かな)は宇品の花火大会。
絵下山という山の山頂から写真を撮るはずが、ものすごい霧で視界はゼロ。
仕方なく海田大橋の近くに移動したのですが、ここから撮ると花火が橋の上にのっかっているみたいです。
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