
からす組隊長・細谷十太夫ゆかりの細谷地蔵。
細谷さんに似せて作ったというけど、本当かなあ。
昨日、田村銀之助(新選組の最年少隊士)の「史談会速記録」を眺めていたら、「鴉隊」という名称がちらりと出てきまして、そう言えば……ということで、お盆に撮影した細谷地蔵の画像をアップしてみました。
ちなみに銀之助の談話は、「……仙台の星恂太郎の赤隊と細谷十太夫の鴉隊の二隊は有名な強兵で、これが皆脱兵に加わりまして……」というものです。
実際は、旧幕府軍に加わって蝦夷に渡ったのは星さん率いる額兵隊だけですが、「赤の額兵隊」と「黒のからす組」は、ドンゴリ(ドンと大砲を撃ったら五里逃げる)と呼ばれた仙台兵の中で異彩を放っていたことは確かです。
「からす組」は仙台藩の正規軍ではなく、下級藩士だった細谷さんが博徒や侠客を呼び集めて結成したゲリラ部隊で、正式名称と衝撃隊といいます。
全員が黒装束で身を固め、夜襲を得意とした彼らは、「細谷がらすと十六ささげ なけりゃ官軍高枕」と謡われ、官軍から恐れられました。
(「十六ささげ」とは衝撃隊に加わった十六名の元棚倉藩士のことだとか)
西南戦争や日清戦争にも従軍した細谷さんは、明治40年に、敬愛する林子兵のお墓のある龍雲院(仙台市)の住職になりました。
龍雲院には細谷地蔵と細谷十太夫のお墓がありますが、「負け知らず」ということから、受験生や政治家の間で人気があるそうです。