2005年04月

漢詩03

「読み下し」
漢詩は一見すると小難しい漢字の羅列でしかありません。
これを読み下すためには、それなりのテクニックがいるようです。
学校で使う漢文の教科書にはレ点や一二点がついていますが、漢詩には何もついていない。

でも心配はご無用。
中国語の文法は英語に似ていて述語が前に来るので、そう思って見れば、どこをどう直せば日本語になるかはおのずとわかってくるはず。
例えばこんな感じ。

空向親朋訴寸誠
(空しく親朋に向かい寸誠を訴う)

このあたりは慣れですが、慣れだけでは対処できないのが特殊な文字。
晋作の漢詩にもたくさん登場します。

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「再読文字」

○未(いまだ…ず)
 事業未成年月流
 (事業いまだならずして年月流る)

○将(まさに…す)
 将立回天回運策
 (まさに回天回運の策を立てんとす)

○須(すべからく…べし)
 須尽逸豪娯
 (すべからく逸豪の娯しみを尽くすべし)

○応(まさに…べし)
 応慙狂士事疎狂
 (まさに狂士疎狂の事を慙ずべし)

○猶(なお…べし・ごとし)
 夢裏猶看故国山
 (夢裏なお故国の山を看るがごとし)

○当(まさに…べし)

○宜(よろしく…べし)

○由(なお…べし)

○盍(なんぞ…ざる)

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漢詩02

「近体詩のお約束」

晋作が最も好んで作ったのは「七言絶句」です。
「七言」とは七文字。「絶句」とは4行こと。
七文字×4行の以下のような作品がそうです。

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身似棲禽作繋囚
心如逝水付悠々
夜来独怪孤床上
魂走夢迷六十州

身は棲禽(せいきん)に似て
繋囚(けいしゅう)となる 
心は逝く水の如く悠々に付す 
夜来独り怪しむ孤床の上 
魂は走り夢は迷う六十洲。

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そして、七文字が五文字になると「五言」。
四行が八行になると「律詩」。
以下の①~④が最もポピュラーですが、
十二行以上の偶数行からなる「排律」もあります。

①五言絶句
②七言絶句
③五言律詩
④七言律詩
⑤五言排律
⑥七言排律

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そして、上記①~⑥に入らない場合は詩ではないのかと言えばさにあらず、
「これは古体詩である」と主張すればそれでOK!
楽曲をともなわない「古体詩」を「古詩」と言いまして、次のように分類されます。

①四言古詩
②五言古詩
③七言古詩
④雑言古詩(1行が何文字でも良い)

例えばこんな作品は四言古詩ですかね。

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詩酒可愛
美人可憐
時喫煙去
一息過天

詩酒愛すべし
美人憐れむべし
時に喫煙して去り
一息天を過ぐ

漢詩01

「晋作漢詩集を作るからには漢詩のことも学ばねば」
ということで、GWで時間もあることだし、少しだけ漢詩について整理してみようと思います。

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「詩経」
現存する中国最古の詩集なのだとか。
初周~孔子以前に作られたと言われても、中国史が苦手な私にはよくわからない。
BC1000~BC500ってところかな。

「楚辞」
戦国時代末期というからBC200年頃の詩集。
高杉晋作が大好きな楚の屈原とその一派によって作られました。

「古体詩・近体詩」
「詩経」の時代~唐以前。つまりはBC1000~AC700頃に作られた五七調の詩を「古体詩」と総称します。
唐以後に詠まれた詩の多くは「近体詩」といいまして、色々なお約束がたくさんありました。
つまり近体詩のお約束を無視した五七調の詩は唐以後に詠まれたものであっても「古体詩」というわけ。

移動

明日からゴールデンウィーク。
旅行へ行く人も多いんだろうな。
中国旅行は2割がキャンセルだそうですが、それでも8割の方は行かれるのですね。

私も泊まりでどこか(国内)へ行きたかったのですが、少々都合が悪くなりまして、日帰り旅行どまりです。
大和ミュージアムの開館で沸き立つ呉、赤根さんの故郷・柱島、大鳥圭介ゆかりの閑谷学校など、行ってみたいと思う場所は多々ありますが、どうなることやら。

日帰り旅行と言えば、昨日、Kさんが前橋に日帰り出張しました。
朝飛行機に飛び乗って、夜遅くに帰ってきて、現地での滞在時間は30分。
何だか滅茶苦茶だなあ。

一昨日ダウンしたAさんは来週岩手出張です。
どうせ移動で一日つぶれるのだからと、経費削減のために陸路を行くことになったのですが、移動時間は9時間。
本人も悲鳴をあげていました。

「桜が咲いてるかもよ」
と冗談で言ったけど、岩手の桜は本当にこれからみたいです。

青海苔

先週に続き、中国語教室に行く途中の古書店で本を一冊買いました。
本日ゲットしたのは「吉田松陰門下生の遺文」。

萩市内で襖の下張りになっていた反古をチェックしてみたら、品川弥二郎、桂小五郎、久坂玄瑞などの書簡がわんさか出てきたそうです。
同本はそのうちの一部を一坂太郎氏が解説付きで紹介したものですが、品川弥二郎の書簡があまりに傑作だったので、ponpoko流の訳でご紹介しようと思います。

題して、「弥二郎少年の、青海苔を探せ!」
安政4年(弥二郎15歳)11月28日。
兵庫警備で出張中の父から「青海苔を送ってくれ」と手紙で催促された弥二郎は、青海苔を求めて奔走するわけですが、オフシーズンでどうしても手に入らない。
「ばば海苔」とやらを送って、「ご不満でしょうが、これで我慢して下さい」と父をなだめるあたりが何だか笑えるのです。

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11月16日付のお手紙が11月27日に届きまして、謹んで拝読致しました。
お父上もますますご壮健とのことで、誠にありがたいことです。
ここではみな無事に暮らしておりますので、どうぞご安心下さい。

さて青海苔のことですが、度々仰せではございますが、この時期は青海苔がいたって少なく、海苔はあっても青海苔は全く足りないのです。
父上がおいでの兵庫あたりには、たくさん青海苔があるのではと思うのですが、そうではございませんでしょうか。

今回は「ばば海苔」を少しお送りしますので、これで我慢なさって下さい。
青海苔を手に入れるため、たびたび八百屋に足を運んではおりますが、一つも手に入らないのです。
青海苔があったと思って、大喜びで声をかけたら、
「これは去年のでございます」
と言われてしまいました。

ご不満ではございましょうが、どうにも仕方がありません。
手に入れ次第、すぐにお送り致します。
残念残念。

申し上げるまでもございませんが、時候がらくれぐれも御用心下さい。
頓首再拝

11月28日
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