
バタバタしていましたが、ようやく一息つきました。
昨日は朝から会社の大掃除。その後、居酒屋で打ち上げをして、明け方までかかって年賀状の準備。
今日、朝一番で年賀状をポストに投函し、HPのTOP画をお正月バージョンにチェンジ。
元旦にグリーティングメールをお送りする手配をしたのですが、先日のパソコンクラッシュでメールアドレスが消えてしまっているので、オリジナル本の申し込みをして下さった方のみの送信となります。
さて今日は、吉田松陰について……。
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人材を輩出した幕末の私塾と言えば、まず思い浮かぶのは適塾と松下村塾ですよね。
でもこの二つには決定的な違いがあります。
それは何かと言いますと、適塾の塾生が全国から集まってきた秀才たちだったのに対し、松下村塾の塾生は吉田松陰の近所に住む少年たちだったということです。
「人が誰でも良いところを持っている」というのが松陰先生の考え方。
それぞれの良い所を伸ばすことで、大勢の人材を世に送り出した吉田松陰という人物は、優れた教育者のすごさを感じさせてくれます。
吉田松陰は弟子たちに「志を持て」と繰り返し言っていたそうです。
志とは「心が目指す方向」のこと。
私心を捨て、真っ白な心になって、何をすれば世の中の役に立つかを考える。
そして出てきた答えが、志なのだとか。
「いったん立てた志は、どんなに批判されても、誰にも理解してもらえなくても、捨ててはならない。そのためなら、狂ってもいい」
ことを、吉田松陰は身をもって弟子たちに示しています。
今でこそ、吉田松陰はもちろんのこと、松下村塾の出身者は志士と呼ばれていますが、幕末当時は「乱民」と呼ばれていたそうです。
だからこそ、狂という境地に達して、ひらきなおる必要があった。
吉田松陰とその弟子たちが好んで「狂」という文字を使ったのには、そういう意味があったわけですね。
松下村塾にも志がありました。
それは次のようなものでした。
長門の国は日本の僻地であり
松本村はそのまた僻地。
だからこそ、ここを世界の中心だと思おう。
そう思って励めば日本を変えられるかも知れない。
ちなみに、真っ白な心とはどんな心かと言いますと、例えば、井戸に落ちた子供の泣き声を聞いて、「助けなくては!」と思う心が真っ白な心です。
少し時間が経って、「子供を助けたら、お礼をもらえるかな」なんてことを考え出すと、それはもう真っ白な心ではないわけ。
新しい年はもうすぐそこまで来ています。
志を立てるべく、真っ白な心になって、世の中のために、自分に何ができるかを考えてみるのも、良いかも知れませんね。